Clamo

somewhere I can see the stars

長年 挨拶に苦手意識を持っていた私が最近気付いたこと

私は長年 挨拶に苦手意識を持っていた。


中学1年の冬ごろからだ。もうかれこれ6年前だ。


当時所属していた吹奏楽部の先輩に、挨拶をしても無視をされたり、ものすごく冷たい目をして素通りされるという経験をしてからだと思う。


引っ込み思案なので、初対面の人への挨拶や、特別親しいわけではない人への挨拶は、わたしにとってはもともと簡単なことではなかった。


しかし、そういった出来事があってからは余計に苦手になってしまった。むしろ、人に挨拶することが怖くなった。


彼らがそんな態度をとったのは、一言でいえば 私(たち)の楽器の技術がなかなか向上しなかったから。


確かに私(たち)が楽器というものを知らず、努力も怠っていたかもしれない。


わたしは小学校の頃から、吹奏楽部に入りたいと思ってはいたものの、初心者だった。もちろん他の部員も同様に。



3年生の先輩が夏に引退してから、私たち1年生もいよいよ本格的に部活動をしていくということは分かるが、ああいった姿勢は、やはり良くないと思う。



その中学校の吹奏楽部は代々そんな感じだったようだ。先輩たちは、自分たちはもっと不当な扱いを受けて、それでもこうやって頑張ってきたんだよと言っていた。



そんなの知るか。



今ならそう思えるが、クソ真面目な上に、彼らのいう通り下手くそだった私は、自分が悪いんだというふうに自分を責め、彼らに従っていた。



そんな先輩たちの圧力の下では、上手くなるもんも上手くならんわ。


今ならそう思える。



(地元ではまあまあ強豪だったので、変に厳しい雰囲気があった。どの代で、あのような間違った方向に行ってしまったのかは定かではないが...)




まあ、そんなことがあってから挨拶することが怖くなってしまった。



学校の全校集会や部活でも、挨拶をしろと散々言われてきたが、しなくちゃいけない、自分からしなくちゃいけない、と思えば思うほど、できなくなってしまった。





一般的な常識人からするとただのダメ人間だ。

私も以前はそう思っていた。


しかし考えは変わった。

私が今いる福祉施設の知的障がい者たちは、目を合わせても挨拶をしない人もいる。

初対面のときは挨拶をするのを怖がった私でも、誰も私に対して白い目をする人はいなかった。

障がい者の方々以外の、職員の方々もだ。

当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、無闇に干渉してこないことが嬉しかった。


高校の教室では少し引きつった笑顔で挨拶を返すと、どんなふうに思われているかばかり気になった。

中学の廊下で部活の先輩にすれ違いざまに挨拶したとき、ちゃんと声が届いたかどうか、挨拶を返してもらえたときは、どんなふうに自分が映ったか、とそんなことばかり気にしていた。



でも今はそうではなくなった。

まだ気にするときもあるが、以前よりは断然心が軽くなった。



ゆっくりとした時間の中で、私は少しずつ進んでいるのかもしれない。

ダメ人間でもいいかもしれない。

そんなふうに思えてきた。


自分を正当化しているのかもしれないが、そもそも日本の学校の中の集団の個人は『みんな同じ』すぎる。


これはツイッターでの松本太一さんという方のツイートだが、私の考えもこれに近い。

https://twitter.com/gameryouiku/status/886396825279676417


『個々人の都合が抹殺されており、』 しかも『そのことに当人たちは気付いていない』のだ。

以前私もそうだった。



でも、いざ、そこから「はみ出してみる」とそのことが分かった。

そしてそれでいいのだと思えるようになった。むしろそうであることの方が「当たり前」だ。





ただ、方法は悪かったにせよ、先輩たちの吹奏楽部にかける思いは本物だったと、今振り返って思う。

わたしは甘かったのだ。

今はまだ嫌な思い出でも、いつか、そんなこともあったなあと思えるようになりたい。


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